PJ: 石川 信義
昔とんぼの旅日記「開かれた医療へ」(3)収容院
2010年07月29日 06:43 JST
(画:石川信義) 
【PJニュース 2010年7月29日】
2 収容院
1656年、フランスで発せられた「一般施寮院設立令」とその「強化令」は「大いなる閉じこめの時代」の序曲である。
異端審問所の時と同様、この種の収容施設は瞬く間にヨーロッパ全土に拡がった。施設には、“人気ない区域”の元癩施設が使われた。そこに投げ込まれたのは、「魔女」ならぬ「貧者」、すなわち、「労働をしない」人たちだった。
パリに例をとる。
ノートルダム寺院前の広場に、パリ警視庁の警史によって大勢の人たちが連日かき集められた。集められたのは、浮浪者、乞食、怠け者、ならず者、売春婦、それに「狂人」だ。親不孝者というのもその中にいた。彼らは警視庁鑑別所を経て「施療院」と称する収容所へ投げ込まれた。そこは陽も射し込まぬ地下牢であり、怠け者も浮浪者も狂人もみな一緒くたで鎖に繋がれた。泣き騒ぐ者には手枷・足枷・首枷だった。
何故、「労働しない者」だったか、何故、かかる次第となったか、その背景はこうである。
17-18世紀は近代国家の形成期に当たる。近代国家は強力な権力機構を構築してそれをもって社会的・倫理的秩序の維持を図る。
フーコーは近代国家の特徴を「牧人権力」と表現した。“牧人”はすべての羊を善導することが神の意思だと考える。悪い羊は群れから離し懲らしめて矯正する。
当時の国家にとっての悪い羊とは誰か?
18世紀には宗教改革の影響が色濃く、「労働は神聖なもので神の御意思」と考える時代になっていた。だから、「労働しない者」は神や国家に反逆する者、即ち、「悪い羊」なのであった。
一方、この時代、「労働しない者」が生まれる背景も生じつつあった。工業化の進行である。それによって、多くの農民が住み慣れた村を離れて都市に流れ込んだ。
中から、あぶれ者やはみ出し者が出てくる。働かない怠け者という理由で、彼らは国家が求める者とは、“異質なる者”である。狂気=精神病者も無論それに含まれた。収容令によって「施療院」へ監禁されたのは、このような人たちだった。
つまり、施療院という名の収容施設は、国家の意に沿わぬ者、当時の社会で異質なる者、悪い羊を排除遺棄せんがための「ゴミ捨て場」なのであった。
やがて、このゴミ捨て場から、「狂人」というゴミが選り分けられる時代がくる。
工業化のさらなる進行は、労働力として貧困者をも必要とするようになり、時代が「貧者」と「非理性の狂人」とを区別して扱うことを要請したからだ。
その要請をうけて、狂人と他の収容者とを選り分けたのは、「精神医学」という“近代科学”である。医学者はこののち「狂人の専門家」として精神病者の上に君臨することになる。このことが、次のさらなる不幸を精神病者にもたらすことになった。【つづく】
■関連情報
石川信義(いしかわ・のぶよし):1930年、群馬県桐生市生まれ。海軍兵学校78期、旧制二高を経て、東京大学経済学部・医学部卒。学生時代は東京大学スキー山岳部所属。61年、第5次南極観測隊に参加。65年、東京大学カラコルム遠征隊の副隊長・登攀隊長。東京大学附属病院神経科、都立松沢病院勤務を経て、68年、群馬県太田市に三枚橋病院を創設し、日本初の完全開放の精神病院を実現した。以来、精神病院の自由・開放化、精神障害者の地域化(ノーマライゼーション)運動に尽力する。
著書に、『心病める人たち』岩波新書(1990年)、
href="http://books.livedoor.com/item/1754987">『鎮魂のカラコルム』岩波書店(2006年)、『開かれている病棟』(星和書店)など。
【むかしとんぼ】ムカシトンボ(昔蜻蛉)、学名Epiophlebia superstes。トンボ目・ムカシトンボ科のトンボ。体長約5センチ。春季、渓流で見られる。日本固有種。原始的なトンボの形をつたえ、生きている化石といわれる。日本以外では近縁種のヒマラヤムカシトンボ(Epiophlebia laidlawi)がヒマラヤ山脈周辺に分布するのみ。
石川信義ブログ『昔とんぼの旅日記』
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