PJ: 大谷 憲史
「戦争を語り継ぐ」原爆と戦争・赤江空襲展(1)「麦と兵隊」
2009年12月08日 08:18 JST

持ち帰って認識票を手にして語る西村史生さん(宮崎市赤江公民館、12月6日、撮影:大谷憲史) 
【PJニュース 2009年12月8日】12月6日、宮崎市赤江(あかえ)の赤江公民館で、「原爆と戦争・赤江空襲展」(原爆と戦争・宮崎空襲展を成功させる会、代表:池田一・元宮崎大学学長)が行われた。旧日本海軍赤江飛行場があった赤江地区の方々が、中国大陸での戦地体験や赤江飛行場建設や空襲について語った。
会場の赤江公民館会議室には、赤江空襲に関する写真や資料が展示され、午前と午後に分けて「戦争体験を語り継ぐ三世代交流の集い」が行われた。午前10時からの部では、地元・宮崎市赤江在住の西村史生さん(85)が補充兵として学徒出陣した中国大陸での体験を語った。
西村さんは85歳という高齢にも関わらず、大きな声でしかも当時のことを振り返るように、ゆっくりと話を始めた。西村さんはいわゆる学徒出陣で、都城第23連隊に補充兵として入隊した。
身体の弱かった西村さんは大学で中国語を学んだこともあり、通信兵として配属された。軍隊では、「1に通信、2にラッパ、3に担架の大道楽」とされ、通信兵が一番楽だと言われていた。通信兵は第2線にいて、戦況を本部に伝えるのが仕事のため、めったに通信兵が銃を握ることはない。しかし通信兵は、ひらがな、アルファベット、数字を通信で打たなければならないため、モールス信号を1週間でマスターするのが大変であったと、西村さんが当時を振り返った。
鹿児島第45連隊とともに「広兵団」として、博多から釜山に入り、京城(現・ソウル)を経由し、中国大陸に入った。
広兵団とは通称号で、正式名称は「独立混成第18旅団」である。1939(昭和14)年11月に、歩兵第136旅団を改編した独立混成旅団である。1942(昭和17)年2月に、第58師団に改編された。
その後、広兵団は満州に向かい、万里の長城の東端にある「天下第一関」と呼ばれる防衛の要である山海関を通って南下した。この山海関を越えて中原の地に向かうことを「入関して、関内に入る」と称した。そのため、中国東北地域を「関外」もしくは「関東」といい、関東軍の名称もここから来ている。
中西さんは、当時流行っていた歌として、「麦と兵隊」を紹介したが、まさにこの歌でうたわれていた「徐州」を経由し、南京に入った。広兵団は、揚子江沿いに舞台を展開した。西村さんが所属していた都城第23連隊の本部は、揚子江から少し離れた応城にあった。本部といっても小屋のような建物だったと、西村さんが当時を振り返った。
揚子江は幅が広い川だが濁流のため、当然、飲料水としては使えない。揚子江からのクリークで、濁っていない上水を飯ごうですくい取って使っていた。飯ごうが活躍したが、終戦で帰国するときは中国人に質の良い飯ごうを奪われてしまい、ボロな飯ごうしかなかった。
西村さんは、その古い飯ごうや水筒ととともに戦地から持ち帰った品々を紹介した。これまでに、千人針や出征旗、日の丸への寄せ書きなどは見たことはあるが、西村さんが命とともに持ち帰ったという「認識票」は初めて目にした。認識票は貴重品袋に入れられていたが、袋に書かれた文字は薄れていた。西村さんは上海から引き揚げる際、この認識票を下着の中に隠して持ち帰ったとのことである。
その認識票には、「広7310 西17番 1304」と書かれていた。「広7310」は、広兵団に所属する都城第23連隊を表し、「西17番」は西部第17部隊のことで、こちらも都城第23連隊を表す。最後の「1304」は、西村さんの番号である。裏には、血液型も書かれていた。当然、いつも肌に離さずつけていて、戦死した場合はこの認識票が手がかりになるのである。
いつもは体験談で終わるのだが、この日は当時の品々を実際に目にすることができた。特に認識票は、今後も目にすることはないほどの貴重なものである。しかし、参加者が少なかったことは、とても残念であった。戦争を体験していない世代にとって、西村さんが持ち帰って来られた品々を目にし、話を聞くことで、戦争反対への思いを強くすることができる。
いつも記録者としてこの会に参加させていただいているが、「戦争体験を語り継ぐ三世代交流の集い」というタイトルのように、三世代、四世代にわたるようにもっと多くの方々に話を聞いてもらえるような仕組みを考えなければならないだろう。
午前中の部の参加者は約15人。西村さんのお話の後、大学生による子ども向けの紙芝居が行われた。午後からは「はだしのゲン・第1部」の映画上映と、戦争体験者による赤江飛行場建設や空襲についての話があった。【つづく】
■関連情報
【YouTube動画】
○【戦争を語り継ぐ15】通信兵として中国へ・その1
(他、6本掲載)
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