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PJ: 大谷 憲史

なんで日の丸を掲げないの?
2010年01月03日 08:56 JST


どうして玄関先から日の丸が消えたのだろうか(宮崎市の自宅にて 1月2日 撮影:大谷憲史) 

【PJニュース 2010年1月3日】2010年正月。いつものようにわが家の玄関には、日の丸が掲げられた。しかし、近所で同じように日の丸を掲げる家庭はない。すでに見慣れた光景になってしまったが、各家庭の玄関先から日の丸が消えたのはいつからだろうか。

1999年(平成11年)8月13日に、「国旗及び国歌に関する法律(略称:国旗国歌法)」が公布・即日施行されたころ、地元新聞、県や市の広報誌などに、「祝祭日は日の丸を掲げましょう」という公共広告が出された。

しかし、この法律に強制されることなく、日本国民として祝祭日には日の丸を掲げていたものである。わが家が国粋主義者とか右翼とかといったわけではなく、祝祭日に日の丸を掲げることは習慣となっている。現在の地に家を建てた30数年前は、日の丸を掲げる家は多かった。街にも日の丸が掲げられ、しかも、街には活気があった。

1月2日、父と宮崎神宮に初詣に出掛けた。車中で父が、「街で日の丸を見かけることがなくなったね」と話していたが、各家庭だけではなく商店の店先からも日の丸が消えていた。辛うじて、官公庁や銀行などで目にすることはできたが。

宮崎神宮は多くの参拝客でにぎわっていた。私は取材のために、大晦日の「大祓祭」にも宮崎神宮を訪れた。一礼をして鳥居をくぐる参拝客が多く、私も当然、一礼して鳥居をくぐった。神社のしきたりとして礼をするものだと子どものころから教えられた。

しかし、初詣などのように多くの参拝客が訪れる神社で、鳥居の前で立ち止まって一礼をすることは難しい。少数派ではあったが、鳥居の隅で一礼をして神宮を後にする家族連れや若い人を目にすることができた。少しだけうれしい気持ちになった。

さて、私の願いごとは「今年も健康で1年を過ごすことができますように」である。50の大台まであと1年。メタボ気味の身体を気にはしているが、運動らしいことは一切していない。今年は、健康保持のために運動をやりたいと思っている。

宮崎神宮を後にして、日の丸を探しに港へ車を走らせた。

「あった!」

大漁旗と日の丸で飾られた漁船である。宮崎港にはフェリー埠頭や貨物船の埠頭などがあり、漁船用の埠頭は南側にあった。不況の波は漁業にも影響を与え、漁獲高も減っているとのことである。風にはためく大漁旗と日の丸を目にして、「今年こそは・・・」と期待をしている猟師さんも多いことであろう。

わざわざ車を走らせないと日の丸にお目にかかることができない世の中になってしまった。ただ、祝祭日に家の玄関に日の丸を掲げないということは、必ずしも国旗を軽視していることではない。

サッカー日本代表のサポーターたちは、顔に日の丸をペインティングして応援している。マラソンでは、街頭で日の丸の小旗を振って応援している。

この2月12日から、カナダのバンクーバーで「第21回冬季オリンピック」が開催される。選手たちは、日の丸を背負って競技に挑む。会場では多くの日の丸が振られることだろう。もちろん私もテレビの前で応援する。選手たちにはがんばってほしいものである。

スポーツだけでなく、シャッターが閉まり元気がなくなった商店街や地方都市、デフレであえぐ日本経済を応援するために、ちょっと街にも日の丸を増やしたいものである。

祝祭日には、玄関先に日の丸を掲げませんか?【了】

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