PJ: 大谷 憲史
巨人・木村拓也コーチを襲ったくも膜下出血
2010年04月03日 07:28 JST

多くのファンのみなさんが心配しています(巨人軍歓迎パレードにて・宮崎市楠並木通り 1月31日 撮影:大谷憲史) 
【PJニュース 2010年4月3日】宮崎を衝撃的なニュースが駆け巡った。4月2日夕方、広島市のマツダスタジアムで行われた広島-巨人戦の試合前の練習中に、守備練習のためにノックをしていた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチ(37)が倒れた。すぐに病院に運ばれ、診断の結果、くも膜下出血であることを巨人の球団広報が発表した。
くも膜下出血は脳卒中の約10%を占め、突然死につながる極めて怖い病気である。くも膜下出血の原因として最も多いのは、脳動脈瘤(りゅう)の破裂である。脳動脈瘤とは、動脈の一部がふくらみ、その血管壁が脆弱(ぜいじゃく)となってできる。喫煙や高血圧、アルコールなどが脳動脈瘤のできる原因とされている。脳動脈瘤を持つ人が、運動したり興奮したりすることによって脳への血圧が上昇すると、脳動脈瘤の一部が破裂して出血を起こすことになる。
私の叔父もくも膜下出血を経験した。
ある朝、出勤するとどうも頭が痛い。これまでにないような頭痛があるので、脳神経外科へ向かった。検査の結果、くも膜下出血と分かりそのまま入院し、緊急手術が行われた。
叔父はスポーツマンで高校時代は陸上の選手だった。高校3年のころ、東京オリンピックの聖火ランナーを務めた。また、ヘビースモーカーでもあった。喫煙者のすべてがくも膜下出血になるとは限らないが、リスク因子であることには間違いないようである。
手術は困難を極めた。開頭して動脈瘤にへばりついている血管を、顕微鏡を使って1本1本はがしていくことから行われた。その後、動脈瘤の根元をクリップではさんで止めてしまう「クリップ手術」が施された。実に8時間を越える手術であった。驚異的な回復力で後遺症も全く出ず、1週間ほどで退院した。いまでもバリバリに仕事をしている。
叔父の場合は、自分で運転して病院に向かうだけの余裕があったのだが、木村コーチの場合は、練習中、しかも、ノックの最中の出来事であった。ツイッターで第1報に接し、その後、地元テレビ局や大手マスコミで報じられたが、この原稿を書いている2日午後10時現在までの情報では、その場でAEDによる蘇生措置が施されたが意識は戻らず、広島大学病院に搬送された。
木村拓也コーチは、宮崎市田野町出身で少年野球チーム・鰐塚(わにつか)ジャイアンツに所属していた。宮崎南高等学校では、1988(昭和63)年の第70回全国高等学校野球選手権大会に1年生ながら出場した。高校通算30本塁打の記録を持ち、遠投120mの強肩捕手として鳴らしていた。
91年にドラフト外で捕手としてとして日本ハムに入り、95年に広島、06年途中に巨人へ移籍して活躍した。今シーズンから内野守備走塁コーチに就任し、今年1月31日に宮崎市で行われた巨人軍歓迎パレードでは、地元ファンに元気な姿を見せてくれた。キャンプでも選手と同じくらいの声援が飛んでいた。
現段階では、木村拓也コーチの詳しい容態が分からない状況だが、遠い宮崎の空から無事に回復することを祈るだけである。【了】
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