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PJ: 大谷 憲史

巨人・木村拓也コーチの志を引き継いで再び日本一を
2010年04月08日 06:54 JST


「Show The Spirit 〜原点〜」。今は苦しいときだろうが再び日本一を目指して大いに戦ってほしい(サンマリンスタジアム宮崎・宮崎市 2月8日 撮影:大谷憲史) 

【PJニュース 2010年4月8日】4月7日午前3時22分、読売ジャイアンツの木村拓也内野守備走塁コーチが、くも膜下出血のため広島市南区の広島大病院で死去した。37歳だった。故郷・宮崎は、木村コーチの訃報に接し悲しみで包まれた。4月7日午後、街に出かけて宮崎市民の声を聞いた。

「まだ若い人なのに、残念です。コーチとして期待していたのですが」(40代男性)
「毎年、宮崎キャンプで木村選手(コーチ)の姿を見ていました。残念ですが、お疲れさまでした」(50代男性)
「くも膜下出血は、いつ起きるか分かりません。突然の病気で亡くなられたことは、とても残念です。ご家族の方のショックも大きかったことと思います」(50代女性)
「コーチとしてこれからという時だけに、優秀な人材を失い、私たちファンも巨人軍もショックは大きかったと思います。今は安らかにお休みくださいとしか言えません」(60代男性)
「驚いています。言葉がありません」(20代女性)

1月31日に行われた巨人軍の歓迎パレードで盛り上がった宮崎市の橘通りは、木村拓也コーチの訃報に接し、心なしか沈んだ雰囲気に包まれていた。若草通りアーケードにある「ジャイアンツ・プラザ」に訪れる人も少なかった。

通夜は9日午後6時半から平安祭典広島会館(広島市西区南観音8-10-8)で、葬儀・告別式は10日午前11時から同じく平安祭典広島会館で執り行われる。

さて、ペナントレースは始まったばかりである。

一番つらい思いをしているのは、木村コーチのお見舞いにも行けず、グラウンドで試合に臨んでいた選手や原辰徳監督らであろう。原監督は会見で、「この悲しみをばねに彼の意志を継いで、チームをさらに強く前に押し進めていきたい」と語った。

また、木村コーチと同じ宮崎南高校卒で先輩でもある清武英利球団代表は、「巨人がどん底だった2006年に入団し、日本一の立役者になった。明るく粘り強い性格だった。2日に倒れ、病状はレベル5と診断されてから、よく頑張ってくれたと思う。ご冥福をお祈りしたい」と語った。

宮崎のファンの願いは、もちろん「今シーズンも日本一!」である。それは木村コーチも同じだろう。

宮崎キャンプで、球場の電光掲示板に掲げられた「Show The Spirit 〜原点〜」。

ひとりの選手、コーチとして、原点に立ち戻って目標に向かってほしいとの思いから、原監督が今季のスローガンとして掲げた。

巨人軍は、今月23から25日に東京ドームで行われる広島3連戦の中で、追悼試合を行う考えを示している。木村コーチの故郷でもあり、キャンプ地でもある宮崎でも、この追悼試合に合わせて何らかの形で追悼したいものである。

ひとりのコーチであった木村拓也さんの志を引き継いで、G戦士たちには日本一に向けて大いに戦ってほしい。【了】

【御礼】
なお、livedoorネットリサーチ「くも膜下出血で倒れた巨人・木村拓也コーチにメッセージを!」に参加してくださったみなさん、コメントをいただいたみなさん、ありがとうございました。ネットリサーチは5月末まで開設していますので、投票及びコメントをよろしくお願いいたします。

【ネットリサーチ】
○くも膜下出血で倒れた巨人・木村拓也コーチにメッセージを!

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